ある事象に引き続いて他の現象が必然的・規則的に生ずるとき、それらには因果関係があるといい、これを原理として立てるとき、この法則因果律という。

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強いって何ですか?

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お分かりの方もいるでしょうが、某有名漫画のセリフであります。
哲学ですね。この子(名前は忘れたw)がそう問いかけてきたような気がしますので、私的な見解を述べようかと思います。

強いとは……何なんでしょうねww
弱肉強食の論理で答えるならば、食物連鎖のピラミッドの頂点に立つ者!!と答えるのですが、ツマラナイと言われるので止めておきます。

強いとは、想像力(創造力?)のある者のことではないでしょうか。
手元にある情報を駆使して、未来を予測し、数多くの分岐を考えられる者のことではないでしょうか。
動物は基本的に、想定外のことに対しての処理速度は格段に落ちると思います。個体差はあっても、ベストな状態の時に比べるとやはり落ちるでしょう。
想定外の状況を作らずに、何時如何なる時であっても、瞬時に対応できるようにしておける、そんな動物こそが強いと言える、と私は考えます。
これだけのことで語れる程、簡単な話でもありませんが。穴もたくさんありますし、何よりツマラナイ。
自分の考えをお持ちの方々は是非、お教え頂ければ幸いです。
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久々に言っちゃいます。

久々に戯言でも言ってみようかと思います(笑)
今回のテーマは『妬み』。この妬みという感情について自分なりに考えたいと思います。
妬むとは簡単に言いますと、他人の長所や幸福などを羨み、憎むこと。……たぶん。
完全に負の感情ですよね。羨むだけならまだしも、禍々しいものを生み出してしまっているわけですよね。多くの人々にとっては、あまり気持ちの良い感情とは言い難いものだと思います。しかし、高校生くらいになってくると多くの方が経験するものではないでしょうか?
肉体的な成長とともに、学力やスポーツ、趣味や恋愛、そういった多くのことで大きな差が実感できるようになる頃だと思います。思春期真っ只中のただでさえ忙しい時期に、認めたくはない自分の負の感情に振り回されてしまった方もいるのではないでしょうか。
隠していればいいものを、表面にまで出てきてしまった他人の負の感情をみて、喜ぶ人はあまりいないでしょう。多くの場合は嫌な気持ちになってしまうと思います。
しかし、自分が誰かを妬んでいる場合はどうでしょうか。知らず知らずの内に、ポロっと口から出てきてしまった経験はないでしょうか。あっ!!っと思ったことはないでしょうか。恥ずかしながら私は経験があります。
そういった時って、「自分の中にこんな感情があったなんて!!」と認めたくない気持ちと、「いや、気付かない振りをしてただけだろ?」っていう、まさに心の光と闇がぶつかりあい、戦っているんですよね。
その人の得意なことは、その人の努力の結果であり、幸福にもそれなりの積み重ねがあってこそなんですよね。例外はありますし、必ずしもそうではありませんが、多くの場合はそうだと思います。不平を言っても、今の自分の状況が改善されるわけでもありませんからね。
しかし、必ずしも悪い部分ばかりではありません。「くそっ、負けないぞ!!」って思うからこそ頑張れる時もありますからね。負けず嫌いな自分はそのタイプです(笑)
まあ、『妬む』っていう感情の中に、そんなスポ根!!みたいな気持ちはあまりイメージできないというか、全くの別物であって、同じに考えることではないかもしれませんが。
もし最後まで読んで頂けた方がいるのなら(おそらく、途中で何だ?これは?とか思うでしょうね)、私はただ一言、お疲れ様でした、と言わせて頂きます。

戯言

紙飛行機は、ゆっくりと地上に舞い降りた



想像してみてください。

とても静かな場所で、とても穏やかな時間が流れています。

風によって運ばれてくる新鮮な空気、心を浄化するような小川のせせらぎ

そこには見渡す限りの安穏がありました。

そこに突然、一枚の紙飛行機が飛んできます。

それは視界の右斜め上方より、ゆっくりと、そう本当にゆっくりと、地上へと近づいていきます。

周りの時間が、自分の心臓ですら止まってしまったかのような静寂。

その紙飛行機だけが、その空間を支配していました。

そして、地上に着陸しようかというまさにその時です。

あなたは言いました。

「紙飛行機は、ゆっくりと地上に舞い降りた」

私はまさにその瞬間、こう思いましたね。

嗚呼、美しい。と



ただの戯言ですので。お気にせず。

戯言1

自分は見てきた、新聞や書籍などで。自分は聞いてきた、TVや知り合いなどから。

だから自分は知っている。自分は正しい、と。

果たして本当にそうだろうか。

見たものが偽りの世界なら?聞いたことが捏造されたものなら?

それを証明することはできない。誰に出来ると言えるのだろうか。我々の生きているこの世界ですら、誰かの手によって創造されたものにすぎないかもしれないというのに。

ならば真実とはどこにある?また答えは一つとは限らない。

言い換えれば、可能性は無限にあるとも言える。

ならば走り続けるしかないのだろうか?誰かも分らない者の敷いたレールの上を。宇宙ですら、鳥籠のようなものかもしれない。

ならば、諦めるのか?何もしないでただ人形のように、静寂と不動の時間を過ごすのだろうか。

いや、結局は足掻き続けるしかない。それだけが、我々に与えられた唯一の自由と言えるのかもしれない。



ただの戯言ですのでお構いなく。
名言2

地球の名言 -名言集-

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無断でごめんなさい。いつも楽しませて頂いております。
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